『D.C.〜ダ・カーポ〜』
このページにはこのエロゲーに関するネタバレがあります。
未プレイものは読まないようにしましょう。
2002.9.3
眞子シナリオはクズ。
これに反論を寄せる者はいないだろう。
特に理由を書く必要も思いつかない。
ことりシナリオは、ディスコミュニケーションを扱っている。
子供のころからテレパシーを使ってコミュニケートしていたことりは、
ある日突然その超能力を失ってしまう。
テレパシーによって”裏付け”を得ていたのに、それを失ってしまったがゆえに、
ことりは誰とも満足に会話が成立しなくなってしまう。
ここで事情を知った主人公がやってきて、コミュニケートに本来は”裏付け”なんてないと述べて、
ことりを納得させてしまう。
彼女が”歌”を好んでいることを比喩に使って。
そして、ことりは本当の笑顔を取り戻す。
ここでもインファンタリア、水夏と同じく人間存在への思考がまったく足りない。
ディスコミュニケーションというのはもっと根の深い問題なのだ。
コミュニケーション出来ないという状態は確かに人間にとって”普通”なのだろう。
ディスコミュニケーションというのは、程度の問題であって、絶対的な公理として作用する。
そこに、テレパシーを使って、公理を破壊する者としてのことりは、いわば部外者にすぎない。
公理を壊すことによってことりは信頼を造り上げたわけだが、
それは虚像にすぎず、テレパシーという装置を使って幻影の世界を組み上げただけだ。
幻影の世界とは、コミュニケートできてしまう世界のことだ。
ここに耽溺し、依存してきたことりは、もはや人間とはいえない。
妖精やドラゴンなどと同じ別世界の生き物なのだ。
非人間存在としてのことりは、誰ともコミュニケーションしていない。
逆説的になるが、人間が前提として組み込まれている状態であるディスコミュニケーションになっていないからだ。
しかし、彼女は、シナリオ後半でいきなりテレパシーを失い、本来の世界に戻ってきてしまう。
コミュニケートできない状態になってしまう。
ことりにとっては絶望するしかないだろう。
本編では、主人公がやってきて、いい加減な助言で彼女を助けてしまうわけだが、
本来であれば別世界の住人にあんな助言は通用しない。
ことりはまったく別の言語を話しているのだから。
完全に孤立しているのであって、会話そのものが成立しないのだ。
むしろ、ことりの本当の物語は、本編のシナリオが終了した時点で始まると言ってよい。
彼女は本来いるべき世界に戻ろうとする忌み子としてもがき苦しまなければならない。
絶望からの出発。
そこから本当の意味での帰還を果たしたときこそ、ことりは主人公との愛を誓えるようになるだろう。
2002.9.4
音夢シナリオの終わり方って、あの桜の木が突然枯れたから、助かったってことよね。
ご都合主義もいいところだ。
古代ギリシャの悲劇に、「機械仕掛けの神」というのがいる。
展開がてんやわんやになって、終盤になると突然現れて、ものすごい”力”ですべての
事件を解決してしまう神的な存在のことで、ご都合主義そのものの化身といっていい。
あの桜の木というのは、そんなものなのか?
古代ギリシャ時代でも、そのうち使われなくなった劇作技術を使うとは、なんとお目の高いシナリオライターだこと。
音夢が病床になっているというのに何も出来ない主人公。
そしていつの間にか病気が治り、二人は結ばれる。
主人公は幸福になるための努力を何かした?
行動を起こした?
幸せを取り戻そうと苦しんだ?
まったくバカバカしいことに、音夢は勝手に復活するだけ。
一本のゲームの中のシナリオだから、各ヒロインそれぞれのシナリオが関連性を持つことは正しい。
しかし、それ以上に一本のシナリオとしてちゃんと作り込み、終わらせることも重要なんでないの。
それにしても、内容をファンタジーと判ったうえでの、シナリオに対するこの狼藉、気分悪い。
「指輪物語」を読んで、なぜゴクリが火山に落ちなければならなかったか、なぜ主人公たちが
すべてが終わったあとで西方に旅立ってしまったのか、あるいはエンデの「はてしない物語」において、
セバスチャンが記憶を失って放浪したことについて、真剣に考察してほしいね。
コンプするまでは断定を避けなければならないが、友人がこのゲームを指して、
やる気の感じられないシナリオと述べた印象については、この時点では完全に同意せざるを得ない。
萌先輩シナリオ。
永続性の象徴と捉えるべき”枯れない桜”が花を散らせてしまったことが、
萌先輩の夢を壊してしまう。
「ずっといっしょに遊ぶ」ことは、「えいえん」に他ならない。
「えいえん」を失った先輩は、悲観に暮れるが、主人公の言葉によって目を覚ます。
ハッキリ言ってしまえば、このシナリオも基本的にくだらない。
先輩の逼迫感が伝わってこないのが一番に問題とするべきだろうか、
それとも主人公の言葉に説得力がないことを問題とするべきだろうか。
同じような交通事故にあった主人公は、先輩にとっては敬一の生まれ変わりみたいな存在だろう。
だから、先輩が主人公の言葉を聞くことにはある程度の説得力がないこともない。
夢そのものが夢を否定するのならば、もう眠るだけでは夢の世界に入り込めないのだ。
だが、どこか白々しい雰囲気が残っている……。
たとえば、日本人が日本を否定してみても説得力がない。
そういうことなのだろうか。
2002.9.5
さくらシナリオ及びD.C.シナリオ。
――思ったより悪くなかった。
やっぱり論理のほころびが沢山あるし、文章はヘタレで意味不明のところもあるし、
キャラクターはときどき混乱するし、ほんとどうしようもないけど、
さくらシナリオだけはまだ評価の対象内に入りそう。
魔法使いである「おばあちゃん」の作ったシステム。
願いのかけらを集めて、本当に必要としているひとの”想い”をかなえること。
しかし、それは魔法使いの血を引くさくらの想いを無軌道に叶えてしまう。
さくらは、ひとに影響を与えないために利害関係を持つことが少ない子供でいようとする。
それでも悪影響を作ってしまうのが怖くてアメリカに逃げて、学問に打ち込むようになる。
さくらは6年間待ったが、「お兄ちゃん」が忘れられずに夢の島に戻ってくる。
そこでは再び自分を原因とした悪影響が巻き起こることに気づいたさくらは、
悩んだ末に、自分に関する記憶を関係者から奪い、魔法を破棄することを決定する。
そして魔法は消え去り、桜の木は、毎年春に咲くだけになる。
さくらはアメリカに呼び戻され、音夢は島から出ることにする。
再会を前提とした別れ。
それは終わりであり、始まりである――ダ・カーポの由来。
時間は巡りながらも回帰していく。
読んではいないのだが、『ウロボロス』のテーマがこんな感じだったか。
さくらがアメリカに帰ることは、彼女の独立を意味しているんじゃなくて、
キャラクターの存在そのものの疲労。
この物語によって、実際に彼女は疲れ切ったのだ。
音夢もほぼ同じ状態であると推察される。
一度、逃避しなければ存在が死んでしまう状態になってしまったのだろう。
桜が枯れる理由がここで説明されるわけで、ことり、萌先輩、音夢のシナリオについて再考察しないと
いけないんだろうけど、私はそれを拒否する。
シナリオは個別でも楽しめなければならない。
謎を残すことについて否定するのではなく、謎の使い方について「D.C.」が未熟なだけである。
ところで、別のサイトでも言及されていたけど、このエロゲの自己言及性はほんと最悪。
インファンタリアの引用だとか、妹から兄への二人称に対する考察だとか、いろいろ。
メタフィクションというのは、書くことにもっと覚悟が必要だと思っていたんだが、
私の勘違いだったようだ。
雰 囲 気 ぶ ち こ わ し 。
例えば、「sense off」のようなメタフィクションとしてのエロゲに自己言及があるのはもっともで、
しかしそれはテキストそのものに工夫が必要なのだということは知っておかなければならない。
「20世紀固有の文芸形式としての美少女ゲーム」と述べるぐらいの確信がほしいね。
あるいは、「家族計画」でもプレイヤーへの呼びかけみたいなテキストが混じっているわけだけど、
シナリオライターの遊びとして許容できる範囲内だったし、それもテクニックとして使われていたものだからだ。
2002.9.6
おまけシナリオの美春。
美春が交通事故に遭い、入院している間、代わりに精巧に作られたロボットが学校に通うことになる。
主人公は、まだ動作の不安定な美春の付き添いとして関わることに。
美春ロボットは、美春として期待されているような行動を取りたいがために、美春の記憶を探すことにする。
その過程で、主人公は誰かのために何かしたいという美春に恋し、美春も協力してくれる主人公を好きになる。
だが、ありもしない記憶を探すことはシステムに打撃を与える。
だんだんと弱っていくロボットの美春。
最後まで自分らしく生きようとするロボット美春は、主人公に看取られながらシステムダウンしてしまう。
筆力がないからだろう、これに感動するかどうかは、美春に萌えるかどうかだけで決まってしまう。
人間型ロボットというのは容易に「東鳩」のマルチを思い起こさせるが、美春はマルチほど献身的でもなく、
マルチほど魅力的でもない。
確かに、壊れると知ったうえでそれでも『美春』であろうとする自己犠牲の心は素晴らしいが、
残念ながらそれが画けているようには思えない。
また、機能が弱っていくという点では、たとえば「KANON」の真琴シナリオや『アルジャーノンに花束を』と
比較せざるを得ないが、これも頻繁なシステムダウンでは衰弱の過程が書ききれない。
桜がロボット美春の願いをいくつか叶えた。
それは、ここで願いに代表させている人間の感情が、電気信号で動いていると言える。
ロボットである美春は、心や精神をソフトウェア的にシミュレートしているに過ぎないからだ。
そのシミュレートを願いと捉えることは、人間の感情も同じであると雄弁に述べる。
つまり、唯物論。
これまでのシナリオから、唯物論は否定されそうなもんなのだが、設定でこれとは。
それと、美春の2ch用語連発について。
2ちゃんねらーは世間に認められたいという欲望と、外の公式な世界で無邪気に2ch用語が使われることを
嫌う性質を持っている。
私も2chに関しては割とヘビーユーザーだと思うので、そういう立場で発言するのならば、
美春の2ch用語についてあまり感心できない。
おまけシナリオの頼子。
頼子は、(略)
「水夏」のような、ミスディレクション(間違った誘導)に頼ったシナリオ。
頼子が猫に戻ってしまい、もう会えないと思わせ、それでいてハッピーエンドに到達させる力業。
筆力の問題で感動するほどにいたらないが、恐らくD.C.の中ではさくらシナリオの次ぐらいに
評価してもいいかもしれない。
問題は、同じテクニックを使った「水夏」の各シナリオの方が面白いということ。
前作と同じことをやって、それ以下の出来では書いた本人も辛いところだろうに。
個人的には、正面に向いて手を合わせている立ち絵に萌えた。
こういう破壊力のある立ち絵というのは、テキスト以上に語るね。
総評。
エロゲ板が荒れるとか、OHPを攻撃するほどの駄作ではない。
が、積極的にプレイする価値もない。
他のレビューサイトちょっと見て廻ってきた。
ことり、音夢、頼子シナリオの評価が全体的に高いようで。
ことりに関しては、ディスコミュニケーションの問題について考察できないなら、あれはあれで楽しめるんでしょうな。
”裏付け”のある告白シーンなど、後から思い返せば噴飯ものなんだが。
告白というのは、拒否されるかも知れないという可能性に立ち向かう行為が尊いのであって、
ことりの告白は、ごっこ遊びに過ぎない。
ハッキリ言って気分悪い。
彼女の行為は主人公を玩んでいるだけだ。
ことりのやさしさが結局のところテレパシーに頼っているのはよしとするにしても、
劇的な告白という自らの欲望を満たすために主人公は利用されただけじゃないのか。
音夢シナリオそんなによかった?という感じ。
主人公は何もやってないし。
頼子については、簡単に先読みできたって話もあった。
私は出来なかったよ……。
さくらシナリオでの急展開と説明不足がよく糾弾の対象になっていたけど、
そんなに判りにくいかなあ。
2003.11.10
この感想を書いてからかなり時間が過ぎてもう賞味期限も切れたかと思っていたのだけれど、
最近D.C.をプレイしたという友人から反論を貰った。
彼は次の部分に違和感を持ったようだ。
>眞子シナリオはクズ。
>これに反論を寄せる者はいないだろう。
>特に理由を書く必要も思いつかない。
要するに、 眞子シナリオもそれなりに出来は悪くないのではないかと述べている。
まあ、ぐだぐだ紹介するより、とにかく全文を見てみよう。
>日本酒氏によるD.C.感想文に関する電球の反論文〜
>
> 何をとち狂ったのか日本酒さんに反旗を翻すことになってしまいましたわ、
>あっはっは・・・・・はぁ・・・・・( ´・ω・`)
>と、そんなどうでも良い前書きはおいといて o(^-^o)(o^-^)oよっこいしょっと
>まあ、感想なんてのはさ、人それぞれ感じ方が違うわけから、どうこう言っても
>どうしようも無い訳なんですけどね、それでも一言だけ言わせて頂きたい訳ですよ。
> 日本酒さんの感想ではさ、眞子シナリオを『クズ』とおっしゃっているが、
>まあ当の本人がそう思ったんならそれは仕方がないよ、うん。
>他のレビューサイトなんかを見てても、眞子シナリオは評価低いからさ、
>世間一般的にはそうなのかもしれませんな、悲しいけどさ。
>まあ問題はそこじゃなくてその次の一文。
>『 これに反論を寄せる者はいないだろう。』と、おっしゃっているが、ここに反論を
>寄せる者が少なくとも1人。( ̄▽ ̄)ノ
>日本酒さんは、サイト上では眞子シナリオがクズだという理由を書いていないので、
>どこが悪いのかわからないが、俺は結構良かったと思うんですよ。
>なんたって話が短い。
>人によっちゃ話が短いのは欠点なんだろうけどさ、短いのは短いで気軽でいいじゃん。
>そりゃさ、D.C.の世界の中核をなす枯れない桜についての話とか全く関係してこない
>シナリオだけども、そんなんはさ、さくらシナリオやらないとわかんねーって。
>たとえ短くとも、シナリオの内容自体は悪くないと思うよ。そりゃさ、
>大きな山場みたいなもんは無いかもしれんが、人生なんてそんなもんよ、たぶん。
>まあ、所詮ゲームなんだからもっといろんな事ヤレと言う意見も有るかもしれんけどさ。
>きっと、眞子さんは元から純一君(主人公)に多少なりとも気があったんでしょう。
>ゲームの主人公なんて、元からヒロイン達との好感度高い訳だし。(絶対では無いけど)
>そんな中であのイベントですよ。眞子が後輩の女の子から告白受けるやつ。
>恋人のふりやってるうちにさ、思いが募っていってあのEDなんじゃないんかな。
>あたしゃそう考えとる訳ですわ。
>そう考えりゃ納得出来るべ?
>そんな都合良い話有りか?っていう意見も出るかもしれんけど、いいじゃん、
>ゲームなんだしさ。(o^ー')b
>なんか文が長くなってきましたが、ここらで私こと電球の反論文を終わらせて
>頂きますよ、はい。
>
>2003/11/7(金)0:30 電球
眞子シナリオについては今更書くことはまったくない。
理由を明示するまでもなくクズであると再度述べるだけだ。