『CANVAS』
このページにはこのエロゲーに関するネタバレがあります。
未プレイものは読まないようにしましょう。
2002.9.9
恋シナリオ。
恋は幼い頃に父親を亡くし、母親と暮らしてきた。
その母親も海外に出たりしてなかなか一緒には暮らせないでいた。
ある日、恋は学校で一枚の絵を見つける。
海を題材としたその絵に恋は、家族で過ごした思い出を浮かび出す印象を持つ。
またある時、恋は母親から再婚の話を聞かされ、
再婚相手の子供である麻生大輔が、あの絵を描いた人物であることを知って喜ぶ。
会って話してみればいい人で、兄と妹として過ごすうちに、好きになってしまう。
いじっぱりだから好きとはなかなか言い出せない恋。
恋の幼いころからの親友の藍は、自分では恋の家族になれないから、
彼女をよろしくお願いしますと大輔に言う。
その会話の現場を偶然に見てしまった恋は、二人が付き合っているものと誤解してしまう。
二人はすれ違いを続けてしまうが、我慢できなくなった大輔は恋を捕まえて、強引に話をする。
激情した恋は大輔のことが好きなんだと思わず口走ってしまい、また大輔もそれに答えて
好きだと言い、両思いであることが判る。
結ばれる二人……。
家族を求める恋に、それを絵という形でイメージを提供し得た大輔がくっつくのはある種必然だろう。
兄と妹という関係が恋に家族への期待を抱かせたこともある。
だけど、大輔が恋を好きになる必然性を感じない。
絵について彼は悩んでいたようだけど、そういう描写はほとんどなくて、
何か彼を苦しめているのかさっぱり理解できない。
コンクールに出品するためのような理由付けのある絵を描くことに嫌気がさしたという現状は判る。
だが、なぜ嫌になったのか?
その点をハッキリさせないことには、大輔が恋を好きになることに必然性は感じられない。
恋の存在が感受性を刺激した、ということならば、それをちゃんと描写すればいいのに。
恋愛もののシナリオとしては詰めが甘い。
では、このゲームの最大のポイントである萌えはどうか。
「いじっぱり」「昔からの思いを寄せていた」「実は寂しがりや」あたりが萌え要素になるわけだ。
「いじっぱり」は後に単なる誤解という形で処理されて消え失せてしまう。
「昔からの思いを寄せていた」も、引きが弱い。
「実は寂しがりや」にしても、「いじっぱり」が機能していないがゆえに萌えを形作るまでにはいかない。
「妹」にしても、妹であるがゆえの葛藤はここにはないために、ほぼ無効化している。
強い引きが設定にないために、声優とCGに頼った萌え、という印象しか残っていない。
萌えさせたいなら、主人公にしても恋にしてももっと葛藤が必要だろう。
※ここまで書いたところで、友人にこれが二年前の作品であることを意識してくれと言われた。
※そりゃそうだわな。萌え要素とか古いわけで。
2002.9.10
藍シナリオ。
おまけであることを抜け出ていない。
主人公が絵を描くことについて癒されないということを鑑みれば、どうでもいいと捉えていいシナリオ。
まあ、イベントCGのないシナリオに何言っても無駄だろうけど。
私服の立ち絵に、「水月」の雪さんの面影が。
ちょっと嬉しい。
天音シナリオ。
大輔と天音は仲の良い幼なじみ。
大輔はあるとき絵を描かなくなり、天音はそれを見て大輔が再び筆を取るように祈る。
自分が傷つかないために天音に嘘をついた大輔は苦しむことになる。
嘘を誤魔化すための嘘によって、天音と望まないスケッチをすることになる大輔。
公園でのスケッチは上手くいかず、大輔は天音に辛く当たって逃げ出す。
夜も更け、天音が家に帰っていないことを知らされた大輔は公園に急ぐ。
天音は置き去りにされたことも許し、大輔への信頼と愛情を語る。
大輔は帰ってからの自問自答によって天音への恋愛感情をちゃんと認識し、告白することを決める。
それは、贖罪でなければならないと考えた大輔は絵を描き、それをプレゼントすることで
幼なじみから恋人への関係性の変化を自分に納得させる。
結ばれる二人……。
なんかあらすじに書き落とせなかった部分がいっぱいあるな。
まあいいか。
幼なじみから恋人への変化を書いたシナリオとしては、たとえば「ONE」の長森、「東鳩」のあかりのような
ダイナミズムに欠ける。起こる変化に対して通過儀礼は必要で、それが絵を描くことなわけだけど、
もともと筆を折った心理状態の描写が簡単な説明で済ませていることから、説得力が弱い。
長森シナリオでは、辛い選択肢を選ぶということがある種の通過儀礼として働いていた。
そこにはプレイヤーの感情こそが意識されていた。
あかりシナリオでは……細かいこと忘れたなあ。
とにかく恋シナリオよりよかった。
嘘を積み重ねることの辛さみたいなのは、「君が望む永遠」という傑作で極められていて、そちらを先にプレイ
している身としては、大したことないなあという印象しか持てなかった。
たぶん、発売後半年以内にプレイできたなら、もっといい状態でプレイできたんだろうに。
天音シナリオの良いところは、祈りという行為に関する感受性だろうか。
祈りというのは、世界でもっとも素朴な信仰の一種なのだ。
すでに古い作品なので、萌えは弱い。
水月ではメタフィクションすら萌え要素に還元してしまい、もうそれに関するタブーなどどこにも見あたらない。
出自はともかく、現状では快感を引き出すための方程式こそが萌えだ。
萌え要素の数と組み合わせのバリエーションで二年分のノウハウを蓄積したいまでは、
キャンバスに見習うべきところはほとんどない。
たとえば、天音のあんぱん。
食べ物を萌え記号化するのは、ある種「KANON」で頂点を極めたかに思う。
思い出と結びつけた食べ物はヒロインと主人公の絆の証である。
食べ物への執着は、主人公への恋慕として捉えられる。
それは、物語と結びついて効果的にプレイヤーの心を捉えるわけだが、
執着する物質として食べ物でなくてもいいし、もっと効果的なエピソードを入れられるなら、
すでに飽きられている食べ物系は萌えの構築に向いていない。
恋の「お兄ちゃん」などの二人称も萌え要素にはもうならない。
妹と兄という、手を出せそうで出せない微妙な関係性に萌えるわけで、
二人称だけ兄妹にされても嬉しくもなんともない。
むしろ、親友との板挟みで苦しむ藍の「お兄様」の方が、萌えるための関係性として有効だろう。
2002.9.11
悠シナリオ。
悠は大輔の幼なじみにしてお姉さん的存在。
幼いころに、約束をしたにもかかわらずに別れてしまうことになった。
あれから十年近くが過ぎて、二人は再び出会った。
最初は素直に喜んでいたものの、悠は大輔に10年前のように接してくるため、大輔は苛立ちを隠せなくなる。
弟と姉ではなく、男と女の関係を作りたいと考えているからだ。
もうひとりの幼なじみの天音はそれに気づいて、言わなければ気持ちは伝わらないと大輔に言って諭す。
大輔は、幼いころの約束を思い出し、その条件だった絵を描くことで、今までの自分にケジメを付ける。
絵は見事にコンクールで大賞を取り、大輔は悠に告白する。
そこで両思いであることが二人ともに伝わる。
再び二人は約束する。
もう離れないと……。
キャラクターデザインがみさき先輩(ONE)のコンパチ。
声優ヘタだなあ。
まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。
天音に続いて、幼なじみの関係を脱却することがメインになっている。
幼なじみより近い関係になっていくことで、これまでの清算が求められるようになり、主人公は苦しむ。
絵を描くという儀式的行為によって自分の気持ちを整理するのは天音と同じなわけで、
その辺にプロデューサーの気配りの足りないところが目立つ。
プレイしていて退屈なのは、たぶんキャンバス全体に言えることなんだろうけど、
攻略キャラに萌えるかどうかでしか価値を計れないところなんだろう。
同じ二年前の作品でも、恐らく「Air」は楽しめるだろうし、「sense off」も尚更そうなるだろう。
作品に永遠の命を与えるための物語がここにはない。
いや、まあ、F&Cにそんなものを求めるのが悪いといえばまったく反論できないが。
別に、エロゲ・オールタイム・ベストに名前を残すためにエロゲを作っているわけでもないだろうし。
2002.9.26
百合奈シナリオ。
自分は呪いを受けていると信じている百合奈は、大輔に絵を描いてくれるように頼む。
それは、呪いを払うためのお願い。
百合奈によれば、大輔も”絵を描けない”という呪いを受けているのだと言う。
大輔は最初断るが、百合奈と話すうちに気に入るようになり、彼女のために描くことを決意する。
絵を描くうち、大輔は御園瑠璃子という先輩に出会う。
御園先輩が言うには、百合奈は呪いを受けているのだという。
君影百合奈、影の百合、そこから連想される黒百合と、花言葉”呪い”。
翌日出会った百合奈は、呪いを肯定する。
君影という呪い師の家系に生まれたこと、黒百合を連想させる名前を持っていること、
生まれ出るときに母親を殺してしまったこと、身体が弱いこと。
しかし、呪いはちやほやされる百合奈を羨んだ御園先輩が言いふらしたことであって、決して現実ではなかった。
大輔が自分自身について考えてみたとき、絵を描けないという呪いは、
描きたいものがなくなった状況を周囲の大人のせいにしていた自分が原因であることに気づく。
すべての百合奈を羨んだ御園先輩、絵を描けなくなったことを周囲にせいにする大輔、
コミュニケーションや他の事象に対しての恐怖を呪いという言葉でごまかすことになった百合奈。
すべては自分自身が呪いの原因になっていた。
君影百合奈の名前に暗示される花言葉が、君影草という別名を持つスズランの「なんとかの幸福」
(ごめんなさい、覚えてないです)であること、身体が弱いのは後天性のものであって血筋が原因ではないこと。
大輔はそれを百合奈に告げ、彼女もそれを肯定したものの、呪いは解けないとも言う。
君影の名前を捨てなければ呪いは消えないと。
名前を捨てるために、大輔に抱いてほしいと望む百合奈。
二人は結ばれ……。
某レビューサイトによれば、このシナリオが一番評判が良いらしい。
そりゃそうだ。
絵を描けないという主人公の悩みにまともに答えているのは百合奈シナリオぐらいしかない。
複線もちゃんと張っている。
かなりいい加減にやっているとはいえ、私が粗筋を書くのに苦労した。
たぶん、キャンバス唯一のアウトサイダー的ヒロイン。
私たちは、変わりつつあるもののアウトサイダー的状況に生きているわけで、
萌えエロゲがそれを取り上げないことは戦略として間違っているのだ。
ただし、このシナリオのテーマはすでに中島梓の『コミュニケーション不全症候群』(ちくま文庫)で先取りされている。
というか、元ネタなんじゃないかと思うぐらい似ている。
学食に行ったときの百合奈の台詞、他人が大勢がいれば、逆に気にならなくなるものなのでしょうね(大意)
というのも、先述の本にほぼ同じシチュエーションがある。
自己欺瞞を捨てることで呪い(=コミュニケーション不全症候群)から解放されるのも、結論としてはほぼ同じだ。
とはいえ、良くできたシナリオであることも確かだ。
結論やいくつかのシチュエーションは同じでも、百合奈の呪いを解くための論理はすばらしい。
主人公はここで初めて自分の問題と正面から対決し、百合奈を鏡とすることで答えを出すことができたという点でも。
だが、結局のところ人間は通じ合うことなどできないというところから議論は出発させるべきだ。
人間性など砂上の楼閣に過ぎない。
キャラ造形に後の雪さんを思い出すような依存体質が見られる。
これをどう評価するかは、今後の課題にしておこう。
柚子シナリオ。
柚子は(略
酒飲みながらプレイしたから、細かい複線思い出せなくて、あらすじ書けないや。
自分に自信を持てない柚子は天使への憧憬を持つ。
それは自己イメージの理想像である。
そこに到達することで、大輔への告白について資格を得ることができると彼女は考えている。
大輔もまた、柚子に見立てた天使の絵を描くことが、今後も絵を描いていくための処方箋。
がんばっている柚子に、がんばれない自分を比較して、自己欺瞞を捨て、現状を直視する。
絵を描くことと、天使になることは一つの通過儀礼として働く。
構成はうまいがそれだけのシナリオ。
柚子の深刻さが恋愛に端を発しているだけでしかないからか。
柚子と大輔の対比はうまくいってるのにもったいない。
声優がヘタレなせいで、少しは残っている萌えも台無し。
「えへへ」を棒読みとはどういうことだよ。
他シナリオのサブキャラの方が上手いぞ。
原画も表情が活かせていない。
一人でキャンバスを担当すればまだマシなんだろうけど、この絵柄でこの等身は描いてる本人も辛いだろうに。
萌えが弱いのは、原画と声優のせいだけではない。
幼なじみという設定は、別れの時の約束という形で昇華しているものの、萌えには繋がらない。
幼なじみの萌えとは、そのシチュエーションが生み出すある種の信頼感によるものだろう。
柚子はたしかに主人公を信頼しているものの、関係性を意識した振る舞いとは思えない。
しかし、F&Cのエロゲをプレイするたびに思うんだが、立ち絵にまったく感情移入できないのは
なんとかならないものか。ポーズも感情を表現するのに役立つわけで、
萌えを引き出すのにシナリオライターが苦労するだけで、企画全体の足を引っ張っている。
総論。
シナリオ弱すぎ。
萌えげーを標榜するならCGや声優だけでなく設定とテキストにも萌えを込めるべき。
プレイヤーの萌え要素に頼っているようでは萌えきれない。
とはいえ、CGの塗りは個性的でいい。
塗りによってコンセプトを表現しようとする方法論はさほど広がっていないのが残念。
萌えるかどうかは個人差があるが、百合奈シナリオだけは評価してもよい。
他は無意味。
さて、例によって他のレビューサイト見て回ってきた。
テキストでは評価されていても、点数が他のより低いのがこのゲームの出来を如実に表しておりますな。
百合奈シナリオへの言及は少なくて、ちょっと悲しかった。
もっと語られてしかるべきだと思うのだが。