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IRAの発祥

 1916年に首都ダブリンでイースター蜂起なる反乱をアイルランド人は興しました。(くそったれイギリス野郎はこれを「ダブリン暴動」などと記述します)アイルランド中で一斉に反乱の火を掲げようとするものでしたが、組織内での意見の食い違いなどから前日の新聞に中止宣言などが出され、結局一週間ほどで鎮圧されてしまいます。アイルランド市民はこの蜂起に冷淡でしたが、蜂起の指導者が15名も処刑されるに及んで、急激に指示を打ち出すようになります。そして1919−1921年のアイルランド独立戦争に至るわけです。
 ここで使われた「アイルランド共和国暫定政府」という言葉から、それまで「アイルランド義勇軍」と名乗っていた一団が徐々に「アイルランド共和国軍」つまりIRAと名乗るようになったのです。IRAが正式名称になった時期については、二種類の説があります。1919年に義勇軍から改名したときと、1921年にアイルランド国民議会がIRAをアイルランドの正式な軍隊として認めたときの二つです。現在のIRAが発行している活動員向けのパンフレット(※1)には、1916年のイースター蜂起までしか記述がありませんので、IRAがどう思っているかについてはよく判りません。

 鈴木良平(※2)によれば、アイルランドの正式名称であるリバブリカン・オブ・アイルランド"Republic of Ireland"とIRAのアイリッシュ・リパブリック"Irish Republic"には込められたニュアンスについて大きな差異があるといいます。Republic ofという名称は、アイルランドの中にいるすべてという意味合いが強く、包括的な印象を受けます。実際、現在のダブリンは中国人やアフリカ系民族もかなりの数が住んでいます。Irish Republicは、アイルランド人のための共和国というニュアンスを含んでいます。ここには強力なナショナリズムがあり、あくまでも反英的であろうとする姿勢が見えてきます。

※1:「IRAの義勇兵のためのハンドブック」 Handbook for Volunteers of Irish Republican Army: Note on Guerrilla Warfare, 1985, A Paladin Press Book(Colorado), INBN 0-87364-074-8
※2:『IRA アイルランド共和国軍』鈴木良平, 1985, 彩流社, ISBN4-88202-461-6

 

 

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