[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

 

 

 

IRAの分裂

 IRAは何度も分裂しています。最初の分裂は1922年にありました。独立戦争でアイルランドは勝利したわけですが、そこで結ばれた条約への賛成派と反対派に分かれたのです。とにかく一刻も早く独立しまおうという人々と、北アイルランド6州を分割したままでおけるかという人々にです。議会で投票が行われ、"さっさと独立してしまおうぜ派"(条約賛成派)が票数多数で勝ったのですが、不満を持った"やっぱアイルランドは全島統一でないとな派"(反対派)は議会を蹴ってしまいます。ここで条約についてイギリスと交渉してきた独立戦争の英雄マイケル・コリンズが発した台詞は、月宮あゆの最後の約束にも似てあまりに悲痛です。「この条約は自由をもたらすものであります。全国民が熱望する究極の自由ではないかもしれないが、自由を達成するための自由なのであります」(※1)これは結局のところ内戦にまで発展し、マイケル・コリンズが同じアイルランド人に暗殺されるという事態にまでなりました。IRAの大部分は条約反対派として、最後まで戦い続けました。

二度目の分裂は一九三四年、アイルランドが自由国として半分の独立を果たしてから12年目の出来事です。その間、IRAは未だにアイルランド自由国に対して反乱を興してきました。しかし、近代国家としての形態を作り上げつつある自由国に決定的な打撃を与えられず、またIRAへの年金や損害補償によって離脱するメンバーが増加しました。弱体化しようとする組織は改革派と保守派に分裂してしまいます。これ以後、南26州のアイルランド自由国におけるIRAは弱体化し続け、40年代には消失してしてしまいます。しかし、北アイルランドにおけるIRAはまったく別の路線を歩んでいました。彼らは60年代後半になって、アメリカにおける黒人の公民権運動に刺激されて、活動を激化させるようになるのです。

※1:『恐ろしい美が生まれている』ユーリック・オコナー, 1997, 青土社, ISBN4-7917-5515-4

 

 

back