『カナリア』
このページにはこのエロゲーに関するネタバレがあります。
未プレイものは読まないようにしましょう。
2002.11.25
茅ヶ崎めぐみシナリオ。
デビュー前のアイドル茅ヶ崎めぐみがロケ先で怒り狂って遁走。
行き着いた先の香川で少年と出会い恋に落ちる。
二人は結ばれるものの、めぐみはアイドルの道を捨てきれずに東京に戻る。
捨てられたと思った少年はプロになってめぐみを見返そうとする。
そうしたある日、めぐみは少年に家に再び訪れ、二人の関係は白紙になった
わけではないと告げる。
二人の日々は続く。
可もなく不可もない恋愛ドラマ。
最後、めぐみが帰ってくるあたりにシナリオライターの弱気さを感じる。
アイドルへの憧れについてもうひとつ伏線が欲しかった。
グリグリにあったような構成の切れがなく、いまいち評価しがたい。
とはいえ、キャラクターはステロタイプながらよく出来ている、と思う。
タイトルコンセプトに従って音楽がちゃんと絡んでいるのはよい点だ。
グリグリのコンセプトワークの良さを思い出す。
2002.11.27
綾菜シナリオ
幼いころに踏切で兄が目の前で死んでしまった綾菜。
その債務を一人で背負い生きてきたが、長ずるに及んで綾菜にも彼氏ができる。
綾菜は彼氏に兄のことを話し、また自分の耳が遠くない未来には聞こえなくなることを告げる。
学校からの帰り道、クラブの部長と彼氏と綾菜は、綾菜の兄が死んでしまった踏切にさしかかる。
踏切を渡る途中、タイミング悪く遮断機が下りてきて、綾菜は兄が死んだときのシチュエーションを
思い出して混乱し、線路にうずくまる。それを助けようとした部長は死亡。
兄と同じ場所で、しかも部長が自分のせいで死亡したと考えた綾菜は自室呆然となってどこかに去ってしまう。
部長の葬式が済んで数日後に綾菜は彼氏の家を訪れ、二人は結ばれる。
そして文化祭において部長の念願だったライブを綾菜たちは成功させる。
なんかすっきりしないシナリオ。
そのすべてはエンディング後のエピローグにある。
ほとんど綾菜のせいで死なせてしまった部長のことは忘れて二人の世界に入り浸り、
同情によって自閉的世界を構築してしまう。これでは部長も報われない。
エンディング突入前の、これからライブをやろうってときで終わっていた方が美しかった。
その方が、未来に対して二人とバンドの仲間で切り抜けていこうとした前向きの姿勢を示せたのに。
また部長の死の重みも消えなかった。
感動というのは、自分ではなり得ない理想像に出会うことで発生する。
どんな事態に陥っても前向きで生きていこうとする意志はとても美しく、感動するに値するわけで、
逆に二人の閉鎖世界をその後に見せられるとさっきまでの決意はどこにいったのかと気分が悪くなる。
それから、主人公が、綾菜の耳が将来聞こえなくなるのを知った上で一生付き合おうという決意。
これがあまりにも軽く感じる。
言ってしまうと、家族の中に実際の難聴者のいる私と、そうでないプレイヤーとの差は大きいと思うけれど、
その分を差し引いてもどうかという点はあるはずだ。
学生のぶんざいで結婚ということまで考えて結論を出したのか。
仮に、学生なりの軽率な判断で綾菜に「愛している」と言っているのなら、その言葉はとても軽い。
羽毛みたいな軽さだ。どこにでも飛んでいってしまうだろう。
もっと先まで見通した思考がなければ愛など感じられない。
もう一つだけ。
綾菜が病院に行かないことに対して怒りを感じるのは、まさに私が難聴者を家族に持っているからだと思う。
高熱が出て、目が覚めたら耳が聞こえなくなっていたという事例は現実にある。
数年前に関西の難聴者団体の会報を読んだときにそういう報告があった。
だが、聴力低下の段階であれば対策があるかもしれないではないか。
これは推測だが、綾菜程度の段階なら補聴器を使えば日常会話程度は普通のこなせるだろう。
将来的に完全失聴したとしても、人工内耳やらなにやら考えつく方法はあるのだ。
金はかかるにしても。
あるいは手話によってのコミュニケーションを模索してもよい。
何も行動しないで悲観するばかりの綾菜と、彼女の難聴に対して病院に行くことを勧めない主人公には
かなり失望した。
2002.11.28
美香シナリオ。
あらすじは省略。
単純な青春恋愛もの。
恋愛に関する悩みをそれなりに描けているし、心をふくらんでいく風船に例えてみたり、
演出の比喩構造として使われている雨を美香と主人公が意識して伏線に使用するなど、
いくつかの部分で面白いものがあった。
美香の悩みは従来の自己イメージと、今現在の状態とが重ならなくなっているから起こるものだ。
固定してしまった自己イメージの打破は確かに難しい。
言ってしまえば、軽い強迫観念のようなもので、意識して新しいイメージで塗りつぶしていく必要がある。
強い意志がなければ、切っ掛けを自分から作り出して従来のイメージを崩壊させるチャンスを持つことも重要だろう。
ここでは、部長への告白がそれを意味している。
2002.11.29
千秋シナリオ。
あらすじは省略。
彼女が恋愛に対して積極的になれない理由は、かつて学校で自分が原因になって軽音部が崩壊したこと。
軽音部を壊した責任を背負い込んで、自分が幸せになることを恐れるようになったわけだ。
ただ、それすらも逃避の一形態に過ぎない。
自分を痛めつけることで、バンドを破壊した責任の重圧から逃れようとする行為。
それでも彼女が最終的に主人公との恋に落ちたが、結局のところそれも逃避なのだ。
恋愛にしがみつくことによって自我を保とうとしている。
主人公は3年という苦しんだ期間によって罪が消えたようなことを言っているが、
彼女が本当に内罰的な志向を持っているのなら、時間は関係ない。
むしろ、事件から遠ざかることで想像力によって補完された罪はもっと大きくなっているかもしれない。
まあ、そこまでシナリオでは描いてくれていないのだが。
つまり、ここで言いたいのは、千秋はシナリオにおいて昇華されていないということ。
”物語は昇華されなければならない”というのはここ数ヶ月の私のテーマなわけで、
こういうシナリオがあるとムカツいてくるのだ。
昇華とは、物語の主題が完結することである。
千秋シナリオの主題は、彼女が犯したと思いこんでいる罪を晴れさせることだ。
それが行わなければ、この物語は終わったとはいえない。
とりあえず、彼女が昇華されるには部長がいったように軽音部が完全に復活する必要があるかもしれない。
三年後とはいえ、同じ名前を持った集団を救うことで、千秋の罪は癒される可能性がある。
可能性というのは、シナリオ上ではそこまで千秋のパーソナリティに触れてくれてないから、
推論でしかはかれないからだ。
たとえば、学園祭のライブに千秋自らメンバーとして参加するなどのイベントなどを思いつく。
偶発的な事故によってバンドが崩壊の危機に陥り、それを千秋が助けるのだ。
所詮は代用行為に過ぎないが、癒しのひとつの可能性として考える価値はある。
……その前に、このシナリオの価値などたかが知れているのだが。
絵里シナリオ。
あらすじも感想も省略。
つまりその程度の出来だと思ってくれていい。
ちょっと気になってエロゲ板の過去ログ読んだら、発売直後に地雷扱いされてる。
いや、まったくごもっとも。
カナリアは地雷だ。
この感想読んでプレイする気になるかどうかわからないが、
もしやるんなら、綾菜とその他外見の気に入ったキャラだけにしといた方が無難。