『SNOW』
このページにはこのエロゲーに関するネタバレがあります。
未プレイものは読まないようにしましょう。
2002.4.18
雪月澄乃シナリオクリア。
あらすじ(我ながらウザイので次の段落まで読み飛ばし推奨)
10年ぶりに龍神村を訪れた主人公はその直後事故に遭い、致命傷を受けるが、
澄乃による龍神の社へのお百度参りにより命を取り戻す。
この澄乃とは10年前に結婚の約束をしていた。
主人公が旅館のバイトを続ける中で彼女と仲良くなり、夢の中で結婚の約束を思い出し、
澄乃に恋した主人公は約束の指輪を渡してプロポーズし、受諾される。
折しもオーナーの職務放棄により旅館を任されることになった主人公は、
婚約者の澄乃とその母親とで旅館を切り盛りしていくことになる。
幸せな日々は続いてきたが、ある日から澄乃が、記憶が段階的に消えていく奇病にかかる。
どんな手を尽くしても澄乃の記憶障害は治療しない。
苦慮したあげくに主人公が思いだしたのは、澄乃が主人公に行ったお百度参りだった。
龍神の社には、真摯な願いは叶うという伝説があった。
また、龍神村には、龍と人間による悲恋が伝えられており、この村にはそのためか悲恋に
なる可能性を指摘されるとか。
主人公は二日がかりでお百度参りを行い、疲労のため夢うつつの中で澄乃の幸せの日々を視る。
目を覚ますとそこは旅館であり、澄乃の奇病もいつのまにか治っていた。
その晩よりなぜか熱が出てきて、翌朝になっても下がらない。
ついには40度を超えてしまう。
しかし、予約していたウェディングドレスを取りに行くという澄乃のワガママを母親は受け入れる。
背中に澄乃を背負ってドレスのお店まで行こうとする主人公。
二人の幸せな会話の中で、澄乃は死を暗示する眠りにつく。
なんだか中途半端なシナリオ。
澄乃やその母親はたしかに魅力的だがどこか物足りない。
主人公が旅館を受け継ぐようになるのはかなり軽薄で、
もともと失いつつあったリアリティを失い、おとぎ話であるという印象を加速させる。
キモは澄乃の記憶障害とその解決にあるわけだが、障害の原因がまったく究明されない
がゆえに、解決にはまったく説得力がない。
澄乃が主人公のために行ったお百度参りを、主人公が同じ行為をもって支払うのは
理にかなっている。とりあえず解決法はよしとしよう。
記憶障害の原因についてはうさんくさい伝説にある龍と人間の悲恋ぐらいしか思いつかない。
これは今後のシナリオで説明されるのであろう。
最後に澄乃の死が暗示されるのもよく判らない。
「AIR」みたいに今後の展開でその点は補強されるのだろう。
エロゲ板@2chでは劣化「AIR」みたいな扱いだったが、まったく同感。
今のところの最萌えキャラは芽依子様。
澄乃シナリオの中でもっとも思慮深く、もっとも人間味溢れるように思う。
2003.4.22
日和川旭シナリオクリア。
あらすじ。(やはり読み飛ばし推奨)
主人公はなんだか懐いてくる旭を好きになってしまう。
旭はどこに住んでいるのかよく判らない。
そうして二人仲良く過ごしていた。
ある日、主人公は泊まっている部屋に飾ってある掛け軸にシミのようなものが出来ているのに気づく。
目のような丸い小さなシミとヘの形のシミ。
その日から旭は目が見えなくなり、また口も聞けなくなる。
主人公は、この掛け軸には昔、ウサギが描いてあったのだが、消えていたのを思い出し、
しかも消えていた場所にシミは浮かび上がっていた。
毎日シミは増え、それは耳や身体の輪郭などで、そうしたシミが増えるたびに
旭の同じ部位の機能が失われた。
それに気づいた主人公ではあったが、対抗手段もなく、ただ二人で過ごす時間を作るしかなかった。
旭の五感で嗅覚しか利かなくなって、しばらくして旭は部屋から消えてしまう。
旭を追いかけて山に入った主人公は10年前のデジャヴと、前世の記憶に気づく。
旭は掛け軸から出てきたウサギであり、人間になるのを望んでいる。
前世において主人公はウサギを助け、その敬愛を受けることになったが、
山賊の襲撃でウサギを守りきれなくなり、ウサギは掛け軸に戻ることになる。
主人公は10年前にこの村にやってきたときにこのウサギと遊んでいた。
現代になってウサギの願いは叶って、人間となって主人公と過ごすことが出来るようになったのだった。
旭を追いかけて旅館を飛び出した主人公は、旭の寝床で、二人きりで数日を過ごすが、
旭はやがて掛け軸の中に戻っていってしまう。
数ヶ月後、旅館の庭にやってきたウサギは主人公と再会する。
特殊な出自を持つ動物の変化であるヒロインとその衰弱、主人公への無条件の思慕などは
明らかにKANONの真琴シナリオの影響の下にある。
ただし、出来には大きな差がある。
言ってみれば、相沢祐一と真琴だけしか出てこない真琴ルートのようなもので、
ドラマを強力にサポートしてくれる道化役や保護者の存在に欠ける。
ここには秋子さんや、名雪や、美汐たんはいない。
名目上の保護者役であるつぐみさんはやさしく主人公と旭を見守ってくれるが、
傍観者の一人であるという域を超えられていない。
芽依子様は美汐の代わりのようなものだが、美汐のような出来事への理解はなく、
これも傍観者以上にはなれない。
KANONの真琴ルートがあれほど感動的なのは、水瀬親子や美汐との関係性の中で
育まれた真琴への感情移入の強さがあるからだ。残念ながら旭ルートにはそれがない。
喪失感と回復へのかすかな希望。これが真琴シナリオを終わらせた後で残る。
旭シナリオを終わらせた後で残るのは、これからの幸せな日々への希望だ。
しかし、単純なハッピーエンドが物語において力を持たないのは、
萌えだけのゲームが話題として長続きしないことで証明されているのではないか?
主人公を単純に慕う旭の想いが無駄にならないことを続きのシナリオに期待しよう。
今さきほど、チャットにおいてこれまでの二つのルートがクズだと聞いた。
そう言われても仕方ないだろう。
実際、評価としてまずまともな形で人様に勧められるようではない。
2003.4.24
Legendルート終了。
澄乃と旭ルートのダメさ加減は、”語り継ぐ者”の不在にあるのかもしれない。
旭ルートで指摘したこと
>芽依子様は美汐の代わりのようなものだが、美汐のような出来事への理解はなく、
>これも傍観者以上にはなれない。
は、傍観者にしかなれない芽衣子様の悲しみを表していたわけだ。
ああ、芽衣子様。おいたわしや……。
Legendはなかなかよく出来たファンタジーの佳作だったと言えよう。
龍と人間との悲恋などありがちなお話で、手堅くまとめられたのか。
ドラゴンを扱ったエロゲといえば「infantaria」もあった。
あれのレマシナリオはタイムパラドックスについて何の考察もしていなかったとはいえ、
あれも優れたファンタジーだった。
「アズラエル」で感じたように、おそらく<死>はエロゲと相性がいいのだろう。
KANON以降ぐらいからか、人を死なせて簡単に感動させようとすることにやたらと批判も多い。
人間の生殖(セックス)が最終的に目的とする死を扱い、その強い濃淡によって
物語は浮かび上がる。効果的に使われているのなら、むしろ作品のコンセプトに目を転じるべきで、
劇中の死をむやみに批判すれば消え去ってしまうものに批判者は気づかなければならない。
あと、LegendがAIRのSUMMER篇と相関関係を持っていることはそこいらで指摘されているだろうが、
改めてここでも述べておく。
澄乃ルートと旭ルートがDream篇であり、LegendがSUMMER篇であり、次の二本のシナリオである
しぐれルートと桜花ルートがAIR篇に当たるのだろう。
2003.4.25
北里しぐれルート終了。
主人公は森の中で不思議な少女しぐれと出会いまもなく恋に落ちる。
しぐれは前世において出会っていた龍神である。
ある日しぐれは主人公が宿としている旅館に泊まることになる。
その夜、主人公は夢を見る。
それは実在感のある夢で、前世の役割をそこで演じ、
Legend篇をハッピーエンドで終わらせてしまう。
夢は夢でありながら現実に影響を及ぼしてしまい、
龍神村に伝わる伝説は主人公の知るものとは変化する。
そこでの主人公は村にやってきたとたんに落石によって致命傷を喰らい、数週間寝ていたのだった。
目覚めるとしぐれはいなくなっており、「現実」で経験していたことは無かったことにされていた。
それから数日が過ぎ、主人公は実家に帰ることになるが、その直前でポケットに
線香花火を見つける。線香花火は「夢」の中でのしぐれとの約束の品である。
以前の「現実」が本当にあったことだと気づいた主人公は、いつもの場所で
線香花火をやると、しぐれが帰ってくる。
CGから判断するに、人間になって結ばれても問題ないようになって。
ここに至ってようやく本当の物語が姿を現した。
ファンタジーは喪失感を大事にするものだ。
基本的に弱者の文学であるファンタジーは、
「勝利」によってかき消されてしまうものに焦点を合わせる。
「勝利」による高揚は、論理のほころびや、強い感情の小さな声を消すに足るだけの
影響力を物語に与えてしまう。
ハリウッド映画の大半が「勝利」を目指すのがその証明のひとつになろう。
しぐれルートは中盤までの「現実」を無かったことにしてしまうことによって喪失感を作り出す。
「指輪物語」の終わりにおいて、主人公を努めた指輪の仲間が遠くに旅立ってしまうのも、
この喪失感を作り出すためにある。
もしも、「現実」を失わずにしぐれルートが完全なハッピーエンドになってしまったとしたら、
かなり味気ないお話になっていたに違いない。
しかし、まあ、筆力不足がところどこで感動を取り逃がしている。
しぐれのカルチャーギャップはもっと強調されてもよかったように思う。
キャラの魅力も練り込みがまだ足りない。
たとえば、澄乃に使われた萌え理論は「食べ物」「変な口調」「ドジっ娘」「白痴」であり、
KANON発売前後に流行っていた方法論だ。「食べ物」がなくても萌えを構築する方法は
すでに水月で示されている。
こんな細かい萌え要素の組み合わせだけでなく、他の分野でもキャラは魅力が薄い。
もったいない。
タイムパラドックスとパラレルワールド理論がこのルートで使用されている。
過去への干渉によって変化した「現在」、つまりパラレルワールド。
このパラレルワールドが発生したのは主人公が過去を改変したからだ。
過去を改変することで起こる変化は、改変者を除いた全員に起こっている。
しぐれが「現実」の住人であったのは、彼女を媒介となって過去に干渉した当事者だからだろう。
媒介となれたのはしぐれが龍神であったからだろう。
主人公もまた過去の改変者であり、「現在」の影響を受けず、「現実」の記憶を保っていられた。
SNOWは作品全体を通してこういう論理を大切にしているようだ。
大変好ましく思う。
D.C.がやたらと論理崩壊を起こしていたのを思うと、月とスッポンだ。
2003.4.28
桜花エンドクリア。
これでSNOWはコンプリート。
………。
……。
…。
なんかだかなあ。
納得できないこともない終わり方。
要するに、消えてしまった桜花の生まれ変わりを澄乃が産んで、
遠くから見守っていたしぐれも成り行きに納得、と。
しかし、これが最終シナリオなんだから、しぐれや芽衣子の想いを昇華させてあげるのも必要だったのでは?
そうでないと物語は終わらないよ?
KANONやAIRに学んだとどこかで制作者側の発言があったそうだ。
結局のところ、学んだのはガジェットと全体の雰囲気だけで、哲学までは学び取れなかったのねえ。
一番面白かったシナリオはしぐれルート。
一番萌えたのは全体を通して芽衣子様。
しかし、キャラの魅力はどれもKANONの足元にも及ばない。
うーん。
なんだかなあ。
うーむ。
2003.5.6
先日のオフ会で指摘されたことに関していくつか。
実はSNOWはプレイヤー視点が構造的に導入されたメタエロゲなのだ。
澄乃が澄乃ルートの最後で死ななければならないのは、プレイヤーが龍神の伝説について真実を知らないからだ。
伝説編が澄乃ルートクリア後に現れるのは、プレイヤーの龍神伝説へのモチベーションが上がったから。
伝説篇終了後にしぐれルートが現れるのは、プレイヤーがしぐれへの興味を伝説編によってかき立てられたからで、
しかもしぐれルートクリアによって天罰はSNOW全体としてなくなってしまう。
天罰がなくなったため、桜花は転生するための準備を行わなければならなくなり、主人公への思慕を強くされ、
また龍神の魂を救済するためにその生まれ変わりである澄乃は主人公と結婚する。
桜花ルートにおいて雪解けがあるのは、しぐれルートでしぐれの悲しみが溶けたからだ。
別ルートの行動が次のルートの設定に影響を与える。
このように、SNOWがいくつかのレビューサイトで指摘されているような設定不全でないことはお判り頂けたかと思う。
制作者の連絡不足でいくつかの矛盾点は散見されるにしても、致命的なところはないはずだ。
最後に付け加えるとすれば、いちいちこんな説明して擁護しなければならないほど、SNOWはよくできたエロゲではない
ということに他ならない。所詮はデッドコピーに過ぎないのだ。