『ロケットの夏』
このページにはこのエロゲーに関するネタバレがあります。
未プレイものは読まないようにしましょう。
2002.12.3
失ってもいない失われたSFの原風景がここにある。
私はプレイが始まってから最後まで泣き続けた。
シナリオの欠点について何やら書いているひとも散見されるが、
その点について同感しつつも、どうでもいいようにも思う。
宣言してしまうのなら、私はこの『ロケットの夏』について過剰な思い入れを持ってしまったので、
もはや客観的視点などというものを持てない/持たない。
私はロケットなる単語に、希望と絶望、青春と老成、未来と過去、少女と老人、栄光と挫折を感じる。
すべての一切合切があらかじめ失われており、私たちはそれを遠くから眺めることしかできない。
そんな夢の記憶。
かなり昔に、初めてタイトルを聞いたときは、期待と同時に不安も感じた。
数少ないエロゲのSFタイトルが、もしも核地雷だったら?
エロゲ板の月別報告スレでさんざんな扱いを受け、三人ほどが連続して地雷報告をしたのなら?
売り上げは伸びず、今後本格SFタイトルは発表されず、やがてSFそのものが遺棄されるようになるのではないか。
そんな無駄な危惧が現れてきた。
幸いにもというか、嬉しいことにというか、その危惧はまったくの無駄に終わったわけだが。
私はあんまり熱心なSF読者ではなくて、ブラッドベリもタイトルを忘れた短編集を一冊と、
『華氏四五一℃』を読んだぐらいか。海外ならむしろゼラズニイの方が読んだ量は遙かに多い。
ロケットへの憧れについては、笹本祐一と野尻抱介と竹本泉に教わったようが気がする。
「オネアミスの翼」は嫌いなアニメではないが、技術者の扱いが悪いところは困ったもんだと思う。
ディックとバラードとルーディ・ラッカーとK・W・ジーターとコードウェイナー・スミスが好きだ。
SFのすばらしいところは、人間の想像力の幅を広げてきたことだろう。
そうやって人間は新しい領域を征服してきたのだから。
『ロケットの夏』に関して、私は点数付けを放棄する。
信者とはそういうものだろう。
点数付けはどこかで何かしらの部分を否定しなければならない。
無制限の加点法であればそういう否定をなくすことができるのかも知れないが、
それではある種の指標としての点数が意味をなさなくなる。